死にたくなったら根治療法よりも対症療法

 かつて作家の北方謙三は雑誌の人生相談で死にたいという若者に「本を読め」とアドバイスした。

 同じく作家の中島らもは自身の躁うつ病の歴史をつづった『心が雨漏りする日には』の中で自身の自殺願望に対して好きなテレビを見てから死のう、あの木が枯れたら死のう、暖かくなったら死のうという風に死ぬのを先延ばしにして乗り切ったと書いている。

 前者は現実逃避、後者は問題の先延ばしと言える。しかし自殺願望に対してはこういう対症療法が一番効果的だと思う。

 ふとした瞬間に「死にたい」と思い、それが頭から離れないという問題は下手に根治を目指して正面から解決に取り組むとますます深みにハマる危険性がある。

 病気というと完治に向けて努力することが当たり前になっているが、うつ病に関しては完治より寛解を目指したほうが良いと思う。

 そもそも「死にたい」と思ったことのない人というのはいるのだろうか。「死にたい」という感情は濃淡があっても誰にでもある。誰にでもあるのにその感情を忌避して抑圧すれば、それが更なる心の負担になる。

 うつ病と診断される以前、小学生の頃から「死にたい」という思いは常に頭のなかにあった。30手前になってやっと自殺願望という厄介な同居人との付き合い方がわかってきたかなと思う。